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『週刊誌のツボ』 ★洪水が怖い

 西日本豪雨の報道を見て、落ち着かない気分になっている。東京で自分の住む地区が「200年に一度の豪雨の際、2メートルの洪水に見舞われる危険性がある」と想定されているためだ。我が家は集合住宅の1階に位置している。

 入居時の段階では、「200年に一度」という説明を、「無視できる確率」と決め込んでしまっていた。だが、近年の異常気象を見るにつけ、不安は年ごとに膨らんでいる。上層階への階段は玄関のすぐ外側。逃げ遅れることはない。ただ今回、改めて知ったのは、床上浸水で泥水に浸かると、家財道具から床板、壁紙に至るまで、猛烈な悪臭のためすべて廃棄する以外なくなるということだ。被災地の粗大ゴミの山は、そういった事情で捨てられたものらしい。

 だとすると、一旦洪水で被災すれば、家計への打撃は相当なものになる。土砂崩れのリスクに比べるとケチくさい心配だし、どうせならより破滅的な首都圏大地震を憂えるべきなのだが、どういうわけだろう。あらゆる自然災害で、“我が家の水没”という想定が最も“ありそうなこと”に思えてしまうのだ。

 いざ豪雨に遭ってから、玄関やサッシ戸に土嚢を積もうにも、間に合うはずはない。ネットで調べると、浸水を防ぐシートやボードなど、さまざまな簡易防災具が売られているのだが、本当に洪水時に役立つのか。眉唾な代物にも見えてしまう。そもそも水害時には、風呂場やトイレなど、あらゆる水回りから下水が噴き出すという。

 そんなわけで、我ながら恥ずかしい話だが、わが身に引き寄せて豪雨のニュースを見た場合、生命にかかわる深刻な被害より、せせこましい生活防衛に関心が引きずられてしまう。身勝手な話である。

 事件事故や災害で、現場取材に人員を割けない昨今の雑誌報道では、もちろんそういったチマチマした細部にまで触れられることはない。今週の各誌で、ある種実用記事的な角度から目に留まったのは、週刊新潮の特集『「西日本豪雨」暴虐の爪痕』にあった『「マダニ」発生で被災地を襲う「感染症」パンデミック!』という記事くらいだ。倉敷市の被災地を訪れた記者は、一帯を覆う猛烈な悪臭についても詳しく綴っていた。

 ただし、同じ特集でも『ツケを払わされるのは被災者! 「太陽光エネルギー」という人災』という記事には、新潮的な底意が透けて見えた。やみくもな伐採でソーラーパネルが山腹に設置され、そのせいで全国の水害リスクが高まった、と民主党政権を批判しているが、主張すべきことは警戒区域周辺の「やみくもな山林伐採」の危険性であって、それは太陽光発電施設に限ったことではない。お得意の原発擁護論に結びつけるのは、強引に過ぎる。

 文春はさらに『天災も政治利用 新聞TVが報じない西日本豪雨 安倍政権5人の卑怯者』という記事で、例の“赤坂自民亭”のお気楽な宴会や見苦しい言い逃れ、災害対策よりカジノ法案を優先した傲慢さについて叩いている。同じ号の記事『安倍チルドレンが美人前議員に「進次郎狂い」「くたばれよ」ストーカーメール1日200通』と併せ、もはや退廃極まれり、と感じる。

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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。

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