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『週刊誌のツボ』 ★辺野古問題での忖度報道

「沖縄の声」に頑なに耳をふさいだまま、政府は辺野古への土砂埋め立てに14日、とうとう踏み切ってしまった。今回は現地に飛ぶことができず、ニュースでこの事態を見守っているのだが、テレビ各局は問題の本質を理解しないのか、それとも故意にごまかそうとしているのか、いずれにせよ東京で見る報道はみな“ピンボケ”で、苛立ちを禁じ得ない。

 米空軍の巨大基地・嘉手納の撤去を言い出さない沖縄がなぜ、辺野古新基地には抗うのか。その理由は、海兵隊基地に関しては沖縄に置く軍事的必要性がないことを、県民が“知ってしまっている”からだ。九州や本州の西部に基地を移しても対中国、対北朝鮮の抑止力に差異は生まれない。ここ10年ほど、沖縄の研究者やジャーナリストらは日米のさまざまな政府関係者や軍OBなどから言質を取り、米側の公文書の研究も積み重ね、そのことは地元で“周知の事実”となっている。沖縄の公明党県本部も独自調査でそう結論づけている。

 にもかかわらず、政府は他県への海兵隊移設を不可能とする。どの県でも強い反対が予想されるからだ。沖縄の“強い反対”は力でねじ伏せるが、他県では“反対の民意”を尊重するのである。このダブルスタンダード、沖縄にだけ不条理を押しつける差別的対応こそ、県民の怒りの本質に他ならない。そういった理解をもし誤解というのなら、政府は沖縄の主張を覆す具体的なデータを示す必要がある。しかし、政府は絶対にそれをしない。立ち入った議論の土俵に乗ろうとしないのだ。

「辺野古への基地建設が唯一の解決策」。沖縄側がどんなにデータを示しても、政府は壊れたレコードのように、そのひとことしか発しない。菅官房長官が記者たちのどんな追及に対しても、「その指摘は当たらない」と突っぱねるのと同じパターンである。どれだけ証拠、証言を積み上げても、「とにかく辺野古が唯一です」。翁長知事時代から沖縄との“対話”で、政府は常にそう繰り返すだけだった。

 沖縄の反発は結局、そんな“ゴリ押し”への怒りにあるのだが、テレビ報道(や多くの新聞報道)はそのことを伝えない。「辺野古が唯一」の主張に、何かしらの論拠があたかもあるように報じるのだ(しかし、その“論拠”はまったく表に出て来ない)。一方で、沖縄で積み上げられた論証、県民の間の“周知の事実”は取り上げない。かくして、政府と県の言い分は平行線、“どっちもどっち”というイメージをひたすら振りまくのだ。

 NHKは埋め立て前々日の12日、クローズアップ現代で辺野古問題を扱ったが、放送内容の半分は政府側の空疎な“念仏”の垂れ流し。残り半分で、沖縄の“反対の強さ”を伝えるだけだった。一方には根拠に基づいた言い分があり、もう一方にはお題目しかない。その構図を伝えようとしないのだ。

 今週の週刊文春は『森友スクープ記者はなぜNHKを辞めたか』という元NHK大阪報道部記者・相澤冬樹記者(現大阪日日新聞記者)の独占手記を、トップ記事として扱っている。政権への忖度から、相澤氏らの森友報道を政治部出身の報道局長があの手この手で潰したり、曖昧な内容に改変したりする。そんなNHKの信じがたい内実が暴かれている。

 その伝で言えば、現在の辺野古報道でも、同じような力が働いているのだろう。「論理的に県外移設を求める沖縄vs議論を避け、問答無用で押し切ろうとする国」というクリアな報道をなぜしないのか。民放や一部新聞にも共通する問題だが、そう考える以外、現状の説明はつかない。

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三山喬(みやまたかし) 1961年、神奈川県生まれ。東京大学経済学部卒業。98年まで13年間、朝日新聞記者として東京本社学芸部、社会部などに在籍。ドミニカ移民の訴訟問題を取材したことを機に移民や日系人に興味を持ち、退社してペルーのリマに移住。南米在住のフリージャーナリストとして活躍した。07年に帰国後はテーマを広げて取材・執筆活動を続け、各紙誌に記事を発表している。著書は『ホームレス歌人のいた冬』『さまよえる町・フクシマ爆心地の「こころの声」を追って』(ともに東海教育研究所刊)など。最新刊に沖縄県民の潜在意識を探った『国権と島と涙』(朝日新聞出版)がある。

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