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<シリーズ・民の知恵>学会がガイドラインをつくるのは利益相反だ

 公立福生病院で、44歳の女性が人工透析中止の選択肢を医師から示され、その意思表示をして死亡したという事案、騒ぎ過ぎだと思っていたのだが、いまだにマスコミでくすぶっている。放置しておくと将来に大変な禍根を残しそうな気がしてきた。

 私が違和感を覚えるのは、最初にこの問題を報じた毎日新聞が「医師の行動は日本透析医学会のガイドラインを逸脱している」と、価値判断の基準を学会のガイドラインに置き、後追いのマスコミ各社もこの点に関しては同工異曲の点だ。

 報道が正しいとするなら、本人は緩和処置によって苦痛が取り除かれている間は、一貫して透析中止を選択し続け、それを複数の医療スタッフが確認しているという。

 医療をするかしないか、本人の意思にしたがって何が悪いのか。意に反して透析を再開するほうがよほど問題でないか。

 医師や患者がその学会に所属しているなら、自分たちで決めたルールなのだから守ろうというのは筋が通っている。しかし、所属していない医師や患者が、自分たちの知らないところで決められたルールに従わねばならない理由などないはずだ。法律ならまだしも、患者本人の意思を超えるほど、ガイドラインとは偉いものなのか。

 そもそも学会は、その医療に携わっている人たちの集団であり、その医療を推進することで利益を得る立場にある。そんな集団が、医療行為中止の基準をつくるなど、利益相反そのものでないか。極力やめさせないようなバイアスが働くに決まっている。

 透析医学会に限らず、ガイドラインから利益相反を排除するのは不可能に近い。長く携わっている専門家にしかわからないことがあり、その専門家が自分たちの領域を全否定できるはずないからだ。その利益相反を踏まえても公益が上回るなら社会的に許容できるが、現実には経済的利害を持つ勢力が結び付いて、むしろ公益を損なっていく。そのようなガイドラインは、ないほうがマシだ。実際、ワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所の共同調査で、各種ガイドラインの著者に対して多額の製薬マネーが流れ込んでいるとわかっている。これは、日本だけの話ではなく米国などでも同様だ。

 雨後のタケノコのように次から次へとガイドラインがつくられ続けているが、それでいったい誰が利益を得ているのか。イザというときに現場の医療従事者や患者を守る防波堤になるならまだしも、逸脱したときに懲罰を課される基準として使われてしまうのでは、その存在を喜ぶのは役所と警察と弁護士くらいだろう。

 そろそろ無批判にありがたがるのをやめて、ガイドラインの利益相反関係を洗い出し、誰の利益のために存在しているのか、総点検する必要がある。その作業は、必然的に学会そのものの在り方をも問い直すことにもなるだろう。

 いい加減に思考停止をやめないと、出るはずの知恵も出てこない。

川口恭(ロハス・メディカル編集発行人)

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