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【読書子】医療技術・財政制約だけではない 『持続可能な医療』の視点

 2015年度、国民医療費は前年度を1兆5573円上回り、42兆3644億円を記録した。5月に発表された政府見通しによれば、高齢者人口がピークに達する2040年頃、社会保障費はピークの190兆円前後の水準に達する。うち、医療費は66兆7000億円~68兆5000億円と実に現状の約1.6倍に達するという。

 さらなる高齢化が進むなか、医療のあり様や社会の中での位置づけを考察したのが『持続可能な医療』である。

 医療サービスの提供には、医療技術の進歩や財源といった問題以外にも、さまざまな要素が絡むが、本書は、〈サイエンス〉〈政策〉〈ケア(看護、福祉、教育、心理ほか)〉〈コミュニティ〉〈社会保障〉〈死生観〉の6つの切り口で、持続可能な医療を考える。

 国際比較は、どのような医療システムを構築するかを考えるうえで非常に有用だが、その点で米国は、“反面教師”としたいところ。

 米国は、〈軍事分野以外では、医療あるいは医学・生命科学研究分野に重点的な予算配分を行ってきた〉こともあって、ライフサイエンスの分野では非常に先進的なイメージがある。しかも、対GDP比の医療費は先進諸国の中で突出して高い。にもかかわらず、平均寿命は最も低い。

 米国に住んだことがある人なら、信じられないほど高額の医療費に驚いたことがあるはずだ。医療を市場に委ねたことによって生じた、いわゆる〈市場の失敗〉である。

 著者はこうした状況を踏まえて、〈“研究開発や、ピンポイントの個別技術の向上を行うこと(あるいはそれらに優先的な予算・資源配分を行うこと)が、病気の治療や健康水準を高めるもっとも有効な方策である”とは必ずしも言えない〉と指摘する。

 医療の進歩により治る病気も増えるが、〈費用対効果の問題があり、そのバランスをどう考えるか〉が問われる局面も増えている。小野薬品が開発したがん治療薬「オブジーボ」は、1年間で約3500万円の医療費がかかったが、薬価が半額に引き下げられた。

■差額ベッド頼る大病院

 医療費の難しい点は、〈規模は単純に大きければよいとか、小さければよいといった議論では片付かない〉ところである。大きくなりすぎれば財政負担になり、小さくなりすぎれば良質の医療サービスが受けられなくなる。「高い薬価がなければ、薬を開発しないとか、開発が遅れる」などと言う製薬会社もある(もう少しマイルドな表現だが……)。

〈政策〉の観点では、現時点でも多くのひずみが存在する。

 つねづね、開業医の先生の優雅さに比べて、ブラック企業ばりの勤務医(とくに大学病院)の働き方には、疑問を感じていた。この問題とも関係するが、著者は〈日本の診療報酬は病院、特に高次機能の病院への配分が手薄い〉点を強調する。

 その歪んだ構造の余波として、いわゆる差額ベッドが生まれている。〈一定の収入を確保するには差額ベッドなどの保険外収入に頼らざるをえない〉のだ。

 医療に関係する業界でも、安易に混合診療の解禁を求める人もいるが、多くは財政ばかりを見る官僚や影響が相対的に小さい富裕層、医療保険で潤う保険会社の社員だ。

 しかし、〈医療という領域は、人の生命や健康に直接関わる領域であって、平等ということが特に重視される分野〉。〈受けられる医療の内容に「階層化」が生じるのは極力避けるべき〉という著者の指摘には同意する。

 著者が指摘するように〈中医協(中央社会保険医療協議会)の議論などはいささか細部のテクニカルな“調整”が中心で、大きな枠組みとして、医療費の配分をどのようにするかという根本的な議論が不足している〉。改めて、どう医療の提供体制を(再)構築するか議論して、国として方針を示す必要があろう。

 議論のなかで、現在でさえ不足がちの医療の担い手の問題はもっと注目すべきテーマだろう。AIやロボットの導入で効率化されても、〈ケア〉の領域では、人間でなければできない仕事が多く残るはずだ。将来、需要が1.6倍になったとき、人的資源が制約条件となる可能性は高い。(鎌)

<書籍データ>
持続可能な医療
広井良典著(ちくま新書820円+税)

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